Podcast Season 7 Episode 270
2026年5月13日
有限会社ワイ・イー・ワイの和田です
死に方改革研究者及び旅のデザイナー。
今日は2026年5月13日で、一日遅れの配信です。
今週のポッドキャストは先週に続き、リーダーシップのシリーズ第4弾です。
正直に言います
今回、私は迷いました。
このシリーズを書き続けながら、一つの壁にぶつかったのです。
「自分の実体験を語るべきか、一般論として書くべきか」
私がjFuneral.comでブログを書き始めたのは、葬儀社の経営者として、業界の現実を伝えたかったからです。ポッドキャストを始めたのも、YouTubeで発信したのも、同じ動機でした。「自分が経験してきたことを、言葉にして残したい」という衝動です。
しかし今、その実体験の多くは「古い話」になっています。
最近、よく耳にするのが「広告は終わった」とか「テレビCMは役に立たない」。
これと一緒です。
実は広告を作っている人たちが消費者が求めるコンテキストが変わったことを理解しておらず、昔のやり方を押し通そうとしているからです。
そりゃ、広告が終わったのと一緒です。
私が葬儀社を経営していた頃の顧客と、今の顧客は別人です。懐事情が変わった。情報収集の仕方が変わった。家族の形が変わった。意思決定のスピードも、葬儀に対する価値観も、驚くほど変化しました。
だからといって一般論で書けば、説得力がない。「葬儀社はこうすべきだ」と書いても、それを言う根拠が薄くなる。とくに「べき論」。
この迷い自体を、今回のテーマにしようと決めました。
なぜなら、この迷いは私だけのものではないからです。今、小さな葬儀社の経営者の多くが、同じ場所で立ち止まっているはずです。
変わったもの、変わっていないもの
まず、正直に仕分けをします。
変わったもの
顧客の懐事情は明らかに変わりました。家族葬・直葬へのシフトは止まらず、葬儀単価は下落を続けています。顧客は事前にインターネットで調べ、比較サイトで価格を確認してから問い合わせてきます。その場で感情的に決めるのではなく、葬儀社に直接ではなく、ポータルと呼ばれる葬儀ブローカー、しかも葬儀社から50%搾取するところへ葬儀社への連絡番号だと思い電話します。ある意味、これらのポータルは道でよく見かける居酒屋の客引きと一緒です。しかも顧客の多くは「答えに近いもの」を持って電話します。
参列者の数も変わりました。地縁・血縁が薄れ、大勢で故人を送るという形が少数派になりつつあります。家族の形そのものが変化しているのです。
情報の届け方も変わりました。チラシを撒けば集客できた時代は終わりました。今は検索され、比較され、レビューを読まれ、SNSで評判を確認されてから選ばれる。あるいは選ばれない。
変わっていないもの
しかし、変わっていないものも確かにあります。
人が死ぬという事実は変わらない。遺族が「後悔したくない」という感情は変わらない。「信頼できる人に任せたい」という本能は、どの時代にも、どの家族にも存在します。
喪失の痛みは変わらない。その痛みを誰かに受け止めてほしいという欲求も、変わらない。
これは普遍です。マーケティングの教科書が言う「人間の根源的欲求」というやつです。葬儀という行為が存在し続ける限り、ここは変わりません。
実体験が古くなったのは「手法」だけだった
ここで、私の迷いが少し解けました。
私がかつてやってきたこと——ブログで情報を発信する、ポッドキャストで語りかける、地域の人々と関係を築く——その「手法」は確かに古くなっている部分があります。使うプラットフォームも、コンテンツの形式も、届け方も、時代とともに変化しています。
しかし、「なぜそれをしたか」は今も正しい。
なぜ発信したのか。「自分たちが何者であるか」を知ってもらいたかったからです。価格で選ばれるのではなく、「この人たちに頼みたい」と思われたかったからです。遺族が不安な状態で問い合わせてくる前に、すでに信頼の下地を作っておきたかったからです。
この「なぜ」は、今も変わらない。むしろ今の時代のほうが、この「なぜ」が重要になっています。
比較サイトで価格を並べられたとき、差別化できるのは価格ではありません。「この会社は何者か」という文脈だけが、価格競争から抜け出す唯一の武器です。
マーケティングは「手法」ではなく「なぜ」を伝え続けることだ
ここで、カレーの話に戻ります。
物価が上がっても、家庭はカレーを作り続けました。食材を変え、作り方を工夫しながら。しかしどの家庭も「なぜカレーを作るのか」は変えていない。家族が好きだから。温まるから。作り置きができるから。その「なぜ」が軸にあるから、手法を変えながらも続けられた。
マーケティングも同じです。
手法は変わります。チラシからSNSへ、電話からLINEへ、口コミから検索へ。しかし「なぜ発信するのか」という文脈が決まっていない会社は、手法が変わるたびに迷子になります。
「Instagram始めたほうがいいですか」「TikTokはどうですか」——こういう質問をしてくる葬儀社の経営者に、私はいつも同じことを聞きます。
「あなたの会社が、何を伝えたいのかは決まっていますか?」
ツールを選ぶのはその後の話です。
文脈がそのままマーケティングになる瞬間
エピソード269で、私はこう書きました。
「うちの葬儀社が、絶対に変えないことは何か」——これを一枚の紙に書き出してください、と。
その作業をした経営者は、実は大きな一歩を踏み出しています。なぜなら、その紙に書かれた言葉が、そのままマーケティングの素材になるからです。
「うちは、遺族の話を最後まで聞く葬儀社だ」 「うちは、地域の人々の旅立ちを三代にわたって見送ってきた」 「うちは、どんな小さな式でも手を抜かない」
これをブログに書けば、記事になります。ポッドキャストで語れば、エピソードになります。スタッフに伝えれば、接客の軸になります。名刺の裏に印刷すれば、初対面の人への自己紹介になります。
文脈の言語化と、マーケティングは、実は同じ作業の表と裏です。
「自分たちが何者か」を言葉にする。それを外に向けて発信し続ける。それだけで、大手のドミナント戦略に対抗できる唯一の地盤が生まれます。
大手が建てた斎場の豪華さには勝てない。広告費にも勝てない。しかし「あの葬儀社は、自分たちの言葉で語りかけてくる」という信頼は、お金では買えません。
迷いの答えは、迷いの中にあった
冒頭で私は迷いを告白しました。実体験か、一般論か。
答えはどちらでもありませんでした。
実体験の「手法」は古くなった。しかし「なぜそうしたか」という判断の根拠は今も生きている。一般論は薄い。しかし変わらない人間の感情を軸に置けば、普遍の論理が立つ。
この二つを重ねたところに、エピソード270の核心があります。
マーケティングは時代で変わる。しかし人間の感情は変わらない。文脈設計とは、変わらない感情に向けて、変わり続ける手法で語りかけ続けることです。
そしてその語りかけの素材は、すでにあなたの中にある。
「あなたの葬儀社が、なぜその仕事をしているのか。」
その答えを言葉にした瞬間、文脈はマーケティングになります。
今日のお話はいかがだったでしょうか?
このポッドキャストが一人でも多くの葬儀社さんの役に立てればありがたいです。
本日もご清聴いただきありがとうございました。
以上です
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