今回のニュースは多死社会でありながら供養が「個」に移ったことで事情がだいぶ変わりました。
今は多死社会の時代と言いながら死と向き合わない時代でもあります。
お隣の韓国ですら「殯所(ひんじょ)なし」は日本でいう「直葬」と同じです。
弔問の場を設けないということです。
そして、お墓も「家族墓」から「個人墓」になってきています。
だが、最後にどれだけお墓が残るのか。
今、「墓じまい」が増えています。負担がある家族墓。
だが、この墓じまいが「改葬」なのか「散骨」なのかきちんとした数字は見えません。
とくに樹木葬や合葬墓に移動している方々も少なくないからです。
そして、多くの場合、墓守の人だけに負担が掛かるからなおさらです。
これからコミュニティのあり方が変わり、また宗教家による儀礼儀式も変化していくだろうと。
何が正しいとか間違っているとかではなく、基本に基づいて変化していくことが重要だろうと。

「個」になっていいか、悪いかではなく、時代が変わってきたのでそれに対応していくことが重要だろうと。
とくに「疎死(そし)社会」は人が「死」に直面しなくなったからこそ、信仰が薄れたのか、それとも単なる経済を心よりも重要視し優先したのか。
そこにて、今、お葬式を上げている人たちはお葬式の場数を踏んできた人たちで「葬儀リテラシー」を持った人たちです。残念なことに「疎死(そし)社会」にてそれが受け継がれなかった。
医療もそうです。
「死」を認めないから色々な事件が起きてしまいます。
横浜で看護師が自分の宿直の時間で亡くなられるのは困るからほかの看護師のタイミングで危なさそうな人を「処理」していた事件がありました。
1. 築地本願寺が「疎死(そし)社会」を提起
2. 韓国で「殯所(ひんじょ)なし葬儀」が急速に拡大
3. 「家」から「個」へ、生きた証を刻むパーソナライズ供養
人間、生まれてきたら確実なことが2つあります。
一つは、生まれたら必ず死ぬ。
もう一つは、死ぬまで生きる。
これを忘れてはならないですね。
1. 築地本願寺が「疎死(そし)社会」を提起
【ニュース要約】
築地本願寺が最新の不安調査を発表。多死社会の一方で、日本人の約4割が「死と向き合う機会がない」と回答しました。日常から死が遠ざかる現代を「疎死社会」と定義し、現代人が抱える漠然とした不安との関連性を指摘しています。
【公式URL】
https://jisya-now.com/ending/20260816-94666
【なぜこれが重大なのか(選定根拠)】
社会全体で死者数は増加しているにもかかわらず、個人の生活からは「死」を実感する経験が喪失しているというパラドックスを突いているためです。これは、今後の葬祭業が単なる「儀式の進行役」ではなく、遺族が死と向き合い心の整理をつけるための「グリーフケアの専門的空間」へと、自らの役割を根本からアップデートしなければならないことを示唆する重要なデータです。
2. 韓国で「殯所(ひんじょ)なし葬儀」が急速に拡大
【ニュース要約】
韓国で弔問客を迎える専用の空間「殯所」を設けない葬儀が急増しています。最新調査では7割以上が無殯所葬に肯定的でした。高齢化や少子化による弔問客の減少、費用の負担増が背景にあり、宗教儀礼の簡素化が進んでいます。
【公式URL】
【なぜこれが重大なのか(選定根拠)】
日本の「直葬」や「一日葬」の急増と全く同じ現象が、儒教的伝統が極めて強い隣国・韓国でも急速に進行している点に注目すべきだからです。東アジア全体で葬送儀礼の簡素化・個人化が不可逆的なトレンドとなっており、国内の葬祭ビジネスにおいても規模縮小を前提とした新しい収益モデルや付加価値の構築がいかに急務であるかを裏付ける決定的な動向と言えます。
3. 「家」から「個」へ、生きた証を刻むパーソナライズ供養
【ニュース要約】
自転車事故で亡くなった少年の七回忌に際し、両親が家名ではなく「走行距離」などを刻んだ独自デザインの墓石を建立した事例が報道されました。伝統的な家墓ではなく、故人の生きた証を刻む「新居」としての新しい供養の形が注目されています。
【公式URL】
https://www.nbs-tv.co.jp/news/articles/?cid=29481
【なぜこれが重大なのか(選定根拠)】
従来の「先祖代々の墓」という枠組みが崩壊しつつある中、供養のあり方が「家」から「個」へと完全にシフトしていることを象徴する出来事だからです。遺族の深い悲嘆を癒やすためには、定型化された墓石や葬儀プランではなく、故人のアイデンティティを反映した徹底的なパーソナライズ対応こそが、今後の業界における最大の付加価値になることを実例として示しています。
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