Podcast Season 6 Episode #253
今日は:2025年 12月 9日です
葬儀業界の「人」とAI(愛)に関して、マーケティングをどうするかがテーマです。
先日、NHKのクローズアップ現代で大手葬儀社の闇が暴露されてしまいました。
とくにエンバーミングで単価を釣り上げるのと、社員に対する罰金を設けているとか。
これが現在、XやさまざまなSNSで拡散されています。
「大手」ということで「互助会」でしょう。
だが、互助会だけでなく、普通に大なり小なりの葬儀屋さんがやっている場合もあります。
いや、「場合」ではなく「やっています」。
やっていないところは、本当に良心的で売り上げに困っているところです。
派遣僧侶の時代も終わりました。
互助会が宗教法人を買い取って、自社の社員を僧侶として派遣し、すべて売り上げは自社のものになる。
お墓はなくてもいいわけです。
そもそも墓じまいのほうが儲かる時代なので。
そんな中でも、きちんとまともにマーケティングを教えていくことをやっている自分が、どんどん馬鹿らしくなってきたかなって。
皆さんはどう思いますでしょうか?
こんにちは、今のところ、日本でたった一人の葬儀・葬送ビジネス及びマーケティング ポッドキャスター
有限会社ワイイーワイの和田でございます。
死に方改革® 研究者 及び 旅のデザイナー® 、あの世への旅です。
今日のお話は:葬儀屋さん、どんどんクズ化が表面化してきたね。
では、行ってみようか!
なぜ、葬祭ディレクター制度があるかというと、葬儀の文化というのはあまりにも幅が広くて、取り敢えず一定基準を設けようというのと、ゴロツキみたいな葬儀屋さんが多くいたからです。
もちろん、プライドを持って「葬儀業」を営んでいる葬儀屋さん、とくに先祖代々葬儀屋さんであるうちみたいな家系は。
しかし、世間の目は違っていました。
職業差別されていました。
税務署からですら職業差別されていた時代がありました。
つまり、葬儀社の「質」を上げるために全葬連と全互協が手を組んで、業界のイメージと教育レベルアップをさせようというのが目的でした。
だが、この目論見がだいぶハズレてしまいました。
教科書に使われている碑文谷さんの「葬送概論」が「正義」だと思い込んだ異業種たちが現れて、幅広い葬送文化の多様性を失うことになりました。一神教的になってしまったのです。
「オラのムラとアンタがのムラではやり方がちげ~よ」が認められず、「オラが正しい!」っていうことに発展しました。
そこで更に悪いことに霊柩車の文化も、自分たちで首を絞めたのも同様です。これには当時の運輸省にも問題があったのは、宮型霊柩車の保有台数を規制をしていたからです。持てないところが腹いせに「カッコ悪い」というイメージを世間に広めたというのもあります。
圧倒的に人口が多い東京23区内では霊柩車を保有する必要がないのですが、近隣の首都圏地域では宮型霊柩車は仏式だけでなく、神式にも活用されていて需要がありまして、霊柩運搬のみの会社がまだ少なかった時代に腹いせで自社のワゴンタイプを活用させるために広めたことも事実です。
この情報は、社会的に葬られていて、口づてでしか伝わってなく、「文献」としての証拠は出てきませんが、実際はこういうことでした。
私は当時の同業者から聞かされているので。
実際、小泉内閣にてこの規制は撤廃されましたが、時代の流れで、ことはすでに遅しで、東京都では住民により葬送文化の象徴でもある宮型霊柩車反対運動にもつながり、衰退しました。
宮型霊柩車が軽く1台2000万円を超える金額で、持てない業者も多くあったのと、保有する企業にもかなりの費用負担があったのも無視することはできません。
私がなぜこういうのを知っているかというと、全葬連や全霊協という組織、そして日本葬送文化学会の役員として長年家業として父を支えながら見てきたからです。父が必ず役員をやっていたので、それを受け継いでいたわけです。
更に民主党時代に全霊協の所轄官庁である国土交通省の一部も事業仕分け対象になり、提出書類や審査基準の処理がだいぶ遅れることにつながり、より業界のつまづきに発展しました。
さて、ここで終わらせていいのか?
真っ当な葬儀屋さんはゴマンと存在します。
とくに小さいところが。
だが、それももうそろそろ限界で終わりでしょう。
忘れてはならないのは葬儀屋さんというのはオールラウンダーの戦士なんです。
「死」というものを扱うことは、グリーフ「悲嘆」も扱います。
さらに役所の手続きやさまざまな法律、作法、しきたり、文化、技術を持ち合わすのが葬儀屋さんという人物です。
だが、それが悪い方向に繋がっているわけです。
つまり、弁護士でも司法試験に受かれば暴力団組員でもなれるわけです。
たしか獄中で勉強して司法試験に合格した方がおりましたよね。
それと一緒です。
だが、葬儀屋さんになるには試験も何も必要ないのです。
仕入先と業務の下請け先さえ知っていれば誰でも今すぐなれるのです。
そういうのがこの10年くらい増えてきました。
新興葬儀社のほとんどが異業種からの参入で、葬送文化は二の次でマネービジネスに目をつけた人たちです。
それを否定しているのではなく、そういう方々にもきちんと葬送文化を学んでほしいと言っているのです。
そのために、35年以上も前に日本葬送文化学会の前身であった、葬送文化研究会が父を含めた有志らが集まり、当時のにっそうの天野さんや、八木澤壮一先生や東大の浅香先生、ジャーナリストの山床さん、お墓博士のあずまやの長江先生らが作ってきたわけです。
私も、10月から都内の葬儀屋さんをリストアップして、ホームページがないところ、責任者(社長)や連絡先がないところが多くあるのを見て、どうなっているのだろうと調べていたら、小さい葬儀屋さんがどんどん大手に買収されて「グループ」化していたのに気づきました。
淘汰の時代になりました。
そういう意味で「終わりの始まり」だということです。
だが、これで終わりにしていいのだろうかと、疑問に思うことも多々あります。
私は元妻と今の葬送ビジネスの現状に対する意見が対立します。
やむを得ずの必要悪と考える現役の元妻で、きちんとした真っ当な葬儀屋さんを営もうと理想郷を伝える第一線に復活しようとしている私。
現実としては元妻は会社運営を考えたら正しいのでしょう。
今の状況を認めるか認めないかだが、現状はNHK「クロ現」で報告された内容である。
暴露された都内のヤバイ葬儀屋問題で、すべての葬儀社に後ろ指を指されるでしょう。
最終的に持続可能な現状を考えると私のやり方だろうと。
このポッドキャストを聞いているお方が国内でどれくらいいらっしゃるのか不明ですが、海外を含むと今年だけでも11,630回以上も何かが再生されていて、去年よりも倍近い再生数があるので、続ける意味はあるのだろうと。
しかし、本当に聞いてほしいのが日本国内の葬儀屋さんなんです。
今年もあと火曜日が2回残っています。
来年からちょっと早めにSeason 7にしようかと。
更にAIが活用できるポッドキャストにしていこうと考えています。
そういう勉強会も含めて配信していきたいと思います。
終わりにしたいけど、終わりにできない。
葬儀社としての出口戦略はどこにあるのか。
葬儀社は多死社会において、確実に社会インフラになります。
巨大化した葬儀社は内部から崩壊するでしょう。
そもそも、大手葬儀社にコンプライアンスがないのも今回の「クロ現」の放送でみんながわかったかと思います。
そこに太刀打ちできるのが小さい葬儀屋さんなんです。
そして、それが私のポッドキャストを聞いてくださっている人たちだと思いたいです。
以上です。
本日もご清聴いただきありがとうございました。
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